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先生との思い出

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僕の人生の中で恩師や大好きで、忘れられない先生はおりません。しかし、「指導者」という意味でものすごく感謝、尊敬してる人はおります。 それは、僕のバイト先の店長Yさんです。 僕がYさんに出会ったのは去年の5月中旬です。バイト面接の会話で僕はここで働きたいと強く思えるような情熱や魅力を感じとりました。Yさんとこのカフェバーの魅力に僕は惹かれました。 Yさんは上海生まれ、日本育ちの台湾と日本のハーフです。元々はミュージシャンとして活動してされてましたが、Yさんが若い頃にバイト先で学んだコーヒーへの知識や技術で、なんとカフェバーの店長までに上り詰めたすごいお方なのです。 Yさんは店長としての自覚が強く、責任感が強いお方です。常にどうお店をアピールするか、どう魅せるか、溢れ出る様々なアイディアに僕は感心しました。しっかりしたお方ですが、常に従業員をお気にかけていただいて、心地よい職場の雰囲気づくりをしていただきました。厳しい時は厳しく、優しい時は優しく、遊ぶときは大胆に、まさに「飴と鞭」と言っても過言ではないでしょう。 僕が一番Yさんの尊敬している点は人との出会いを何よりも大切にするところです。たかが従業員と思うもおかしくないのにも関わらず、一人一人家族のように接してくださり、その心構えに僕は感動を覚えました。従業員一人一人の誕生日や従業員のお別れ会などを必ず開いてくださりました。そして、毎回毎回お金では買えない「価値のある時間・ひととき」を提供してくださりました。 Yさんは僕の人生の恩師であるだけでなく、兄貴と呼べるような存在です。近いうちに、僕が社会に出て働き始めたら、今度は僕がYさんに「いい時間」を奢ってお返しして差し上げたいです。

片付け

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自分でこんなことを言うのもあれですが、僕の元々の片付け方法とマインドセットはこんまりメソッドにとても近かったので、特にこれといった驚きや感想はありません。ですが、こんまりさんメソッドは、とても有効だと思います。 僕はとてもケチでミニマムリストです。僕の部屋には必要最低限なものしかなくて、飾り物やデコレーションは一切ありません。僕の場合だと少し極端に走ってると思いますが、必要最低限のものだけを残し、その後に好きなものやときめくものをキープもしくは購入をすればいいと僕は思います。 片づけで人生が変わるというのは少し大袈裟だと思いますが、自分の空間をスッキリにすることで心や体、気持ちも不要なものと一緒に出ていく気がします。 そういったマインドセットが人生をポジティブに変えてくれるかもしれませんね。なので、片付けは人生におけて必要なプロセスだと僕は信じています。

僕の人生のターニングポイント

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僕の人生で重要なターニングポイントがいくつもありますが、その中で一番大きな影響をもたらしたターニングポイントについて紹介します。 それは、タイにあるインターナショナルスクールに通い始めたことです。 僕は高校の一年生として編入しました。このインターナショナル高校に来る前までは、台湾現地の小学校と日本人学校に通っていました。なので、最初慣れるのにすごい時間かかりました。言語の壁や文化の違い、それに人と接する時の雰囲気の違いだったり、たくさんのカルチャーショックがありました。 最初は日常的な英語会話もまともに理解できず、授業中の内容とペースにもついて行けず、地獄の毎日でした。やっとインターナショナルスクールのリズムが掴めたところで、International Baccalaureate という難しいカリキュラムを学校側から強制的に取らされました。 これら色々あって、インターナショナルスクールに通い始めたことを後悔する時期がありました。しかし、インターナショナルスクールに通ったことで人生の中で一番の収穫を得ました。それは「自己」を見つけることです。 自分とは誰かや自分とは何か、自分を知るいい人生レッスンを三年間通して学びました。学業ももちろんですか、友達やスポーツなど色々な要素もありますが、三年間考え抜いて探り続けて結果、自分を素直に受け入れることができるようになりました。

僕の3つの「ときめく」物

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 僕の3つの「ときめく」物 1. テニス 僕は自分の青春を全てテニス掛けてきたので、結果がどうであろうと、テニスは嫌いになれません。テニスを通していろんな人に出会えたり、学校では学べない経験をえました。 2. ダンベル テニスをやめてから、僕は筋トレにすごくハマっています。個人的な意見で言うと、男として生まれたので、やはりかっこよく、強くでいたいです。筋トレは自分にとって、いいストレス発散にもなります。 3. ラーメン 一言で言うなら「愛」と「芸術」です。僕の大好物で、何があっても嫌いには絶対になりません。

コミュニケーション・スタイル

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(国)のコミュニケーション・スタイルに従って失敗した経験とその経験から学んだこと 私は台湾から日本、そして日本からアメリカのコミュニケーション・スタイルに従って、失敗した経験とその経験から学んだことを書きます。 まず、台湾から日本のスタイルに従って失敗したのは、自信がないように見せることで誤解を招くことです。僕は小学生の頃台湾の現地校に通っていました。そして卒業後は台湾にある日本人中学校に入ったら、文化と習慣の違いでなかなか周りの人とうまく溶け込めなかったです。僕は自分なりに普通に人と接して話をしているつもりでも、どうやら周りから見たら”目立ちたがり屋”と解釈されました。なぜかと言うと、僕の通っていた学校では静かで大人しく勉強しているのが当たり前で、僕みたいなスポーツ・アウトゴーイング系の生徒は敵対視されるみたいです。たくさんの批判を喰らいましたが、僕はこれらの事件を自分が招いた失敗とは見ていません。ただ単に合わなかっただけだと思っています。 次に、日本からアメリカンカルチャーに触れ始めて、失敗した経験について話ます。 僕が日本人中学校を卒業した後、タイにあるインターナショナルスクールに通い始めました。その頃の僕は中学校を通して日本のカルチャーに染まっていて、すごい日本人らしく振る舞っていたと思います。その影響で初めてインターナショナルスクールに通い始めた時は内容をわかっているにも関わらず、自分の英語に自信がなかったせいか、なんでも”I don't know”と言い、極力に会話を避けていました。結果、僕の英語力を疑われ、英語補強クラスに入れられました。当初、英語補強クラスに入ったことに関しては文句ないですか、今思えば内容はあまりにも簡単すぎて、ある意味時間の無駄だったと思うようになりました。 僕は周りの環境によって性格を少しづつ変わっていました。しかし、今はもう自分のことをよく知り、自己が定着しました。もし、学生時代をやり直す機会があるなら、今の自分、今の性格でやり直して、もっとストレート・スムーズで楽しい青春を送りたいです。

自己紹介と3つの夢

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みなさん、こんにちは!僕の名前はフー・ヒタチです。 今は大学2年生で、専攻はコンピューターグラフィックのユーザーエクスピリエンスです。 前学期にパデュー大学に編入しました。今年に初めてインディアナ州に来ました。台湾で生まれ育ちました。日本と台湾のハーフですけど、日本には一度も住んだことはありません。僕の趣味は、食べ歩きや、筋トレや、音楽を聴いたり、のんびりするのが好きです。 僕の3つの夢は、 1 台湾のラーメン屋を全部制覇したいです 2 ヨーロッパのバックパックの旅に出たいです 3 Raveコンサートや大型なミュージックフェスに参加したいです みなさん、この学期どうぞよろしくおねがいします。